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2018年11月29日木曜日

観る年代で映画が変わる Part 36 (東京物語)

家の前のハナミズキ赤い実が、小鳥たちにすっかり食べられてしまい、そろそろ
冬の訪れを感じている今日この頃です。

11月24日、朝食後

ワ~やったー!やったー!
テレビを観ていた妻の突然の歓声

自分の部屋で調べ物をしている

「どないしたんや?」

あんた、知らんの? 大阪万博が決まったんや!
「今日が決戦投票の日やったんやでー、あんた、知らんかったやろ?」

「・・・・・」
「とにかく、めでたいことや」

やっぱり、知らんかったんや
誇らしげな、妻の顔

暗いニュースが続く中、久々の明るいニュースです。
大阪の街に、パッライトが照らされたような気分になりました。

2025年 大阪万博が決定、55年ぶり
BIE総会

【パリ=奥山美希、中川竹美】2025年国際博覧会(万博)の開催国を決める博覧会国際事務局(BIE)総会が23日、パリで開かれ、日本時間24日未明に行われた加盟各国の投票で日本(大阪)が選ばれた。大規模な万博としては05年の愛知以来で、大阪では1970年以来55年ぶりの開催となる。過去の万博の開催実績や運営能力の高さなどが評価され、3カ国による争いを制した。
2018/11/24 1:01 日本経済新聞

それでは、日本映画「東京物語」を紹介したいと思います。

東京物語

製作年 : 1953年
製作国 : 日本








監督:小津安二郎/脚本:野田高梧/小津安二郎/撮影:厚田雄春/美術:浜田辰雄/
衣裳:斎藤耐二/編集:浜村義康/音楽:斎藤高順

出演:笠智衆(りゅう・ちしゅう)(平山周吉)/東山千栄子(妻・とみ)/原節子(二男の嫁・紀子)/
杉村春子(長女・金子志げ)/山村聡(長男・平山幸一)/三宅邦子(妻・文子)/香川京子(二女・京子)/
東野英治郎(沼田三平)/中村伸郎(志げの夫・金子庫造)/大坂志郎(三男・平山敬三)/十朱久雄(服部修)/長岡輝子(妻・よね)/桜むつ子(おでん屋の女)/高橋豊子(隣家の細君)/三谷幸子(アパートの女)/
村瀬禪(平山実)/毛利充宏(平山勇)/三木隆(艶歌師)

あらすじ

1953年の夏、尾道で暮らす周吉とその妻のとみが東京に出掛ける。
東京で暮らしている子供たちに久方振りに会う為である。

しかし、長男の幸一も長女の志げも毎日の仕事に追われ、両親をかまってやれない。

二人に寂しい思いをさせまいと、戦死した次男の妻の紀子は、わざわざ仕事を休んで、
2人を東京名所の観光に連れて行く。

両親の世話に困った幸一と志げは、2人を熱海の旅館に宿泊させる。
しかし、その旅館は安価な若者向きの旅館で、2人は騒々しさになかなか眠れない。

翌日、熱海から早々に帰って来た2人に対し、志げはいい顔をしない。
居づらくなった2人は志げの家を後にする。

周吉は在京の旧友と久方振りに再会して酒を酌み交わし、とみは紀子の家に泊まる。

ここでとみは、戦死した夫を忘れて再婚するよう、紀子に強く勧めるのだった。

周吉は旧友に本音をぶちまけるほど泥酔する。
深夜、泥酔状態のところをお巡りさんに保護されて、志げの家に帰ってきてしまう。
そこで志げ夫婦の顰蹙を買う。

2人は、子供たちからはあまり温かく接してもらえなかったが、
それでも満足した表情を見せて尾道へ帰った。

ところが、両親が帰郷して数日もしないうちに、とみが危篤状態であるとの電報が
子供たちの元に届いた。

子供たちが尾道の実家に到着した翌日の未明に、とみは死去した。

幸一と志げは悲しみつつも、間もなくさばさばした乾いた表情を見せる。
とみの葬儀が終わった後、志げは次女の京子に、とみの形見の品をよこすよう催促する。そして志げは、とみよりも周吉が先に死ぬのが望ましかったと主張し、
幸一もそれに同調する。
紀子以外の子供たちは、葬儀が終わるとそそくさと帰って行った。

京子は憤慨するが、紀子は歳を取れば誰でも自分の生活が一番大切になるものだと
いって義兄姉をかばい、若い京子を静かに諭す。

紀子が東京に帰る前に、周吉は上京した際の紀子の優しさに感謝を表す。
そして紀子に再婚を勧める。ここで紀子は初めて、自分の苦悩を吐露する。
独身を通す自分の将来の不安がぬぐえないことを打ち明け、涙を流す。
紀子に、周吉は妻の形見の時計を与える。

小学校の教師である京子は、授業中の教室の窓から、
紀子を乗せて走り去る列車を見送る。


年老いた両親の一世一代の東京旅行を通じて、家族の絆、夫婦と子供、老いと死、
人間の一生、それらを冷徹な視線で描いた作品です。

今日の核家族化や高齢化社会による、さまざまな問題と相通ずる、
時代を超えた普遍的テーマーです。

ローポジションを多用し、カメラを固定して人物を撮る「小津調」と形容される
独自の演出技法で、家族を丁寧に描いています。

家族という共同体が幻想でしかない悲し過ぎる現実を、
独特の落ち着いた雰囲気でつづる。

小津安二郎監督の「東京物語」(一九五三年)は、世界中の映画監督や、批評家から
今日でも、最高の評価を得ています。

一生に一度は観て欲しい作品として、是非お勧めです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回は、再びインド映画「バーフ・バリ」を2回に分けて紹介したいと思います。



2018年10月31日水曜日

観る年代で映画が変わる Part35 (ダンガル きっと、つよくなる 原題:DANGAL)

気温が20度前後と、過ごしやすい日となりました。
近所の神社の秋祭りも終わり、何となく秋の深まりを感じる今日この頃です。


「テレビで、消費税が来年から10%になる言うてたで」
「ホンマに上げるんやろか?」
「みんなメチャ給料安い、ぼやいとるのにな、何考えとるんやろ
「あんた、どう思う?」

「そやな、1997年から給与所得者の実質賃金が15%も落ちとるしな」
「よう、わからんけど、無茶ちやうかな」
「そやけど、もう2回もパスしとるしな、『又パスします』とは言えんのとちゃう」
「安倍さんの気持ち、わからんでもないな~」
「でも、またかもわからんで・・・?」

「よく、『二度あることは三度ある』言うやないの」

「消費税率の引き上げは2013年に、とっくに閣議決定されたことやろ」
「そして、2014年の4月に5%から8%に上げて、景気がメチャクチャ落ちたやんか」
「テレビで経済の専門家がV字復活する言うとったけど、あれは大はずれや
「ホンマ、笑ろてまうわ
「安倍さんは、わざわざ『引き上げます』と言う必要、ないんとちゃうかな」
「延期する時だけ、『今回もパスします』でいいんとちゃう?」

「だったら、なんで新聞やテレビでわざわざ報道発表したんやろ」
軽減税率のことまで、詳しく説明しとったで」
「コンビニで食品を買ったら、中で食べると10%持ち帰りは8%やて、あほくさ

「たぶん、又延期されたら困る人たちがいるんやろな」

「どんな人やろ、アホちゃう、とにかく中止にして欲しいわ
「もし、10%になったら、我が家の対策として、あんたの小遣いは2割カットやで」

「なんでやねん?」

「計算してみいや、1万円使うと消費税が800円やろ、10%になったら8,000円
 しか使わんかったらええねん、消費税はそのまま800円や」

「そんな、無茶やで
「来年でオリンピックの特需が終わるし、給与所得者は働き方改革で残業代も減っとる
「おまけに、トランプさんが中国に経済戦争も仕掛けているしな」
「消費税率を上げるには、最悪の年だと思うけどな」
「更に、来年は『元号』が変わると年やろ」
「元号が新しくなった早々に、景気が最悪になったらどうすんの」

「それは、あんたの考えやろ、日本政府は上げるときにはキッチリと上げるんや」
「庶民のことは関係あらへんね」
「そうなったら、私は、けちるで!!
アマゾンや楽天ヤオフクやメルカリ最大限に利用したるわ」

「みんながそうしたら、景気がおかしくなるんとちゃうかな・・・?」

「あんたは、余計な心配せんでいいの

「・・・・・」


それでは、インド映画「ダンガル きっと、つよくなる」を紹介します。

ダンガル きっと、つよくなる

原題 : DANGAL
製作年 : 2016年
製作国 : インド(ヒンディー語、ハリヤーンウィー語)





監督: ニテーシュ・ティワーリ/ 脚本: ニテーシュ・ティワーリ/ ピユーシュ・グプタ/
 シュレヤス・ジャイン/ ニキル・メロトゥラ/ 撮影: セトゥー/ 音楽: プリータム

出演:アーミル・カーン (マハヴィル)/
ファーティマー・サナー・シャイク (ギータ(青年期))/
サニャー・マルホートラ (バビータ(青年期))/ザイラー・ワシーム (ギータ(幼少期))/
スハーニー・バトナーガル (バビータ(幼少期))/サークシー・タンワル (ダーヤ)/
アパルシャクティ・クラーナー (オムカル)

あらすじ

昔、マハヴィルはアマチュアレスリングのインド代表選手でした。
彼の夢は、国際大会で金メダルを取ること。
しかし、彼の村は貧しく、夢を果たせないまま引退を余儀なくされたのです。
マハヴィルはその夢を、息子たちに託そうと考えました。
ところが、皮肉にも生まれてくる子供は、娘ばかりでした。

十数年後のある日。
長女のギータと次女のバビータが同じ年頃の男の子と喧嘩をして、
打ち負かしたのです。
2人のレスリングの才能に気づいたマハヴィルは、反対する妻ダーヤを説得し、
2人にレスリングの特訓を開始したのです。
ところが、ギータとバビータは、男の子と同じ服装、髪型にさせられ、自分の夢を、
2人に強引に押し付ける父親に反発します。そして特訓をサボるようになるのでした。
ところがある日、友人の結婚式に出席した2人は花嫁から、2人が羨ましいと聞か
されます。
多くのインドの女性は、子供の時は子守や家事の手伝いをさせられ、結婚も自分の意志では決められない。それに比べて、ギータとバビータのお父さんは、2人の才能を伸ばし、将来も自立できるよう一生懸命になっている。
その友人の言葉を聞いた2人は、ハッと目が覚め、態度を改め、特訓に励むのでした。

マハヴィルは、成長したギータを地域のレスリング大会に出場させようとします。
ところが女性の出場に主催者側は驚き、最初はそれを拒みましたが、マハヴィルの
説得で、観客が増えるのではないかと考えた主催者側が、ギータの出場を認めました。
しかし、健闘むなしく敗れてしまいました。

その後、闘争心を刺激されたギータは、数々の大会で連勝を重ねていきます。
ギータに続いて妹のバビータも連勝を重ねます。

ついに、ギータは女子レスリング州大会で優勝します。
州代表となったギータは、国立スポーツ・アカデミーのインド代表団に入り、
国際大会を目指すようになるのです。
ところが、選手仲間や新しいコーチに囲まれて、次第に父親の厳格な特訓方法を
「古臭い方法」と、嫌悪するようになってしまいました。
その結果、ギータは国際大会で勝てないようになってしまいます。
それとは逆に、マハヴィルの特訓方法を遵守するバビータは州大会で優勝して
インド代表団入りを果たしたのです。

スランプ陥ったギータは、妹バビータの助言で父マハヴィルに助けを求めるのですが・・・。

この物語は実話です
原題の「Dangal」は、「レスリング」「ファイター」「尊厳」といった意味だそうです。

レスリングシーンは、本当の試合を観ているような迫力があり、手に汗を握ります。
父と娘の感動シーンも多く、妻は涙を流しながら観ていました。(鬼の眼に涙?)

アーミル・カーンは、今回のお父さん役も素晴らしく、何でもこなせる凄い役者さん
なんだなとつくづく感心しました。

とても熱くなる、本当に面白いスポーツアクション映画です。
是非、お薦めのインド映画です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回は、日本を代表する小津安二郎監督作品「東京物語」を紹介したいと思います。



2018年8月31日金曜日

観る年代で映画が変わる Part 33 (クリッシュ 原題 : KRRISH 3 )

国破れ
防空壕に
茄子の花

8月が来るたびに、亡き父のこの一句が思い出されます。

今年で73回目の終戦記念日を迎えます。

私たちの社会はこの73年の間にどう変わり、どこへ向かおうとしているのでしょうか。

そこに大きな影響を与えていくのが、マスコミ報道であり、多くの言論人たちです。

今回は、『新潮45』2018年8月号、杉田水脈議員
『「LGBT」支援の度が過ぎる』を取り上げてみたいと思います。

杉田議員はこの論文で、マスコミ報道一部の右派の言論人左派の活動家や言論人
そしてネット上での書き込みなどで、袋叩きにあっています。
又、脅迫も受けたそうです。

そこで、それの何が問題なのか、私なりに調べてみようと思いました。
全文を載せますが、かなり長い文章なので、要点箇所をマーキングしましたので、
そこだけ読んでいただいても内容は理解できると思います。

本文
この1年間で「LGBT」L=レズビアン、G=ゲイ、B=バイセクシャル、T=トランスジェンダー)がどれだけ報道されてきたのか。新聞検索で調べてみますと、朝日新聞が260件読売新聞が159件毎日新聞が300件産経新聞が73件ありました(7月8日現在)。キーワード検索ですから、その全てがLGBTの詳しい報道ではないにしても、おおよその傾向が分かるではないでしょうか。
 朝日新聞や毎日新聞といったリベラルなメディアは「LGBT」の権利を認め、彼らを支援する動きを報道することが好きなようですが、違和感を覚えざるをません。発行部数から言ったら、朝日新聞の影響の大きさは否めないでしょう。
 最近の報道の背後にうかがわれるのは、彼ら彼女らの権利を守ることに加えて、LGBTへの差別をなくし、その生きづらさを解消してあげよう、そして多様な生き方を認めてあげようという考え方です。
 しかし、LGBTだからと言って、実際そんなに差別されているものでしょうか。もし自分の男友達がゲイだったり、女友達がレズビアンだったりしても、私自身は気にせず付き合えます。職場でも仕事さえできれば問題ありません。多くの人にとっても同じではないでしょうか。
 そもそも日本には、同性愛の人たちに対して、「非国民だ!」という風潮はありません。一方で、キリスト教社会やイスラム教社会では、同性愛が禁止されてきたので、白い目で見られてきました。時には迫害され、命に関わるようなこともありました。それに比べて、日本の社会では歴史を紐解いても、そのような迫害の歴史はありませんでした。むしろ、寛容な社会だったことが窺えます。
 どうしても日本のマスメディアは、欧米がこうしているから日本も見習うべきだ、という論調が目立つのですが、欧米と日本とでは、そもそも社会構造が違うのです。
 LGBTの当事者たちの方から聞いた話によれば、生きづらさという観点でいえば、社会的な差別云々よりも、自分たちの親が理解してくれないことのほうがつらいと言います。親は自分たちの子供が、自分たちと同じように結婚して、やがて子供をもうけてくれると信じています。だから、子供が同性愛者だと分かると、すごいショックを受ける。
 これは制度を変えることで、どうにかなるものではありません。LGBTの両親が、彼ら彼女らの性的指向を受け入れてくれるかどうかこそが、生きづらさに関わっています。そこさえクリアできれば、LGBTの方々にとって、日本はかなり生きやすい社会ではないでしょうか。
 リベラルなメディアは「生きづらさ」を社会制度のせいにして、その解消をうたいますが、そもそも世の中は生きづらく、理不尽なものです。それを自分の力で乗り越える力をつけさせることが教育の目的のはず。「生きづらさ」を行政が解決してあげることが悪いとは言いません。しかし、行政が動くということは税金を使うということです。
 例えば、子育て支援や子供ができないカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか
彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。にもかかわらず、行政がLGBTに関する条例や要項を発表するたびにもてはやすマスコミがいるから、政治家が人気とり政策になると勘違いしてしまうのです。

 LGBとTを一緒にするな

 ここまで私もLGBTという表現を使ってきましたが、そもそもLGBTと一括りにすることが自体がおかしいと思っています。T(トランスジェンダー)は「性同一性障害」という障害なので、これは分けて考えるべきです。自分の脳が認識している性と、自分の体が一致しないというのは、つらいでしょう。性転換手術にも保険が利くようにしたり、いかに医療行為として充実させて行くのか、それは政治家としても考えていいことなのかもしれません。
 一方、LGBは性的嗜好の話です。以前にも書いたことがありますが、私は中高一貫の女子校で、まわりに男性はいませんでした。女子校では、同級生や先輩といった女性が疑似恋愛の対象になります。ただ、それは一過性のもので、成長するにつれ、みんな男性と恋愛して、普通に結婚していきました。マスメディアが「多様性の時代だから、女性(男性)が女性(男性)を好きになっても当然」と報道することがいいことなのかどうか。普通に恋愛して結婚できる人まで、「これ(同性愛)でいいんだ」と、不幸な人を増やすことにつながりかねません。
 朝日新聞の記事で「高校生、1割が性的少数者」という記事がありました(3月17日付、大阪朝刊)。三重県の男女共同参画センターが高校生1万人を調査したところ、LGBTは281人で、自分は男女いずれでもないと感じているXジェンダーが508人。Q(クエスチョニング=性的指向の定まっていない人)が214人いて、合わせて1003人の性的少数者がいたというものです。それこそ世の中やメディアがLGBTと騒ぐから、「男か女かわかりません」という高校生が出てくる。調査の対象は思春期の不安定な時期ですから、社会の枠組みへの抵抗もあるでしょう。
 最近の報道でよく目にするのは、学校の制服問題です。例えば、「多様性、選べる制服」(3月25日づけ、大阪朝刊)。多様な性に対応するために、LGBT向けに自由に制服が選択できるというものです。女子向けのスラックスを採用している学校もあるようです。こうした試みも「自分が認識した性に合った制服を着るのはいいこと」として報道されています。では、トイレはどうなるのでしょうか。自分が認識した性に合ったトイレを使用することがいいことになるのでしょうか。
 実際にオバマ政権下では2016年に、「公立学校においてトランスジェンダーの子供や児童が“心の性”に応じてトイレや更衣室を使えるようにする」という通達を出しました。先ほども触れたように、トランスジェンダーは障害ですが、保守的なアメリカでは大混乱になりました。
 トランプ政権になって、この通達は撤回されています。しかし、保守派とリベラル派の間で激しい論争が続いているようです。Tに適用されたら、LやGにも適用される可能性だってあります。自分の好きな性別のトイレに誰もが入れるようになったら、世の中は大混乱です。
 最近はLGBTに加えて、Qとか、I(インターセクシャル=性の未分化の人や両性具有の人)とか、P(パンセクシャル=全性愛者、性別の認識なしに人を愛する人)とか、もうわけが分かりません。なぜ男と女、二つの性だけではいけないのでしょう。
 オーストラリアやニュージーランド、ドイツ、デンマークなどでは、パスポートの性別欄を男性でも女性でもない「X」とすることができます。LGBT先進国のタイでは18種類の性別があると言いますし、SNSのフェイスブック・アメリカ版では58種類の性別が用意されています。もう冗談のようなことが本当に起きているのです。
 多様性を受けいれて、様々な性的指向も認めよということになると、同性婚の容認だけにとどまらず、例えば兄弟婚を認めろ、親子婚を認めろ、それどころか、ペット婚、機械と結婚させろという声が出てくるかもしれません。現実に海外では、そういう人たちが出てきています。どんどん例外を認めてあげようとなると、歯止めが効かなくなります。
 「LGBT」を取り上げる報道は、こうした傾向を助長させることにもなりかねません。朝日新聞が「LGBT」を報道する意味があるのでしょうか。むしろ冷静に批判してしかるべきではないかと思います。
 「常識」や「普通であること」を見失っていく社会は「秩序」がなくなり、いずれ崩壊していくことにもなりかねません。私は日本をそうした社会にしたくありません。
『新潮45』2018年8月号、杉田水脈議員の『「LGBT」支援の度が過ぎる』

私の感想は、まったく問題のない文章だと思います。

どこが問題なのでしょうか?

問題とされている箇所は、

LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。

の部分です。特に「生産性」という言葉に非難が集中しています。

おそらく、「生産性」の文字を(せいさんせい)と読んでいるからだと思います。
この文章では、(しょうさんせい)と読むのが正しいのではないでしょうか。

「生産」は元々、(しょうさん)と読み、「出産」と同じ意味です。
それを、(せいさん)とも読むようになったのは、19世紀の産業革命以降です。
それまでは、そのような概念自体がありませんでした。

「生産性」(しょうさんせい)は、出産との関連性と解せるのではないでしょうか。

They never produce a baby. の英文を訳すと、”彼らは赤ちゃんを決して生まない。”
それを、“彼らは決して赤ちゃんを生産(せいさん)しない。” と訳すでしょうか。
多分、笑われます。

英語も、Produceは、give birth の意味があります。

問題なのは、自分の考えと違う考えを持つ人を絶対に許さないという人たちです。
多様性を掲げながら、実は、民主主義を理解していない人たちです。
そのような人たちが、世論を巻き込み、正論を封殺しようとすることです。

私たちは自分の頭で考え、決してそのような人たちに利用されないようにしましょう。



「だれや! こんなとこに、靴下脱ぎ捨ててるのは!!」

「知らんがな、俺ちゃうで」

「あんたしか、居てへんやろ・・・!」
「もう~、信じられへんわ」

「こない暑いと、靴下脱いだのも忘れてまうわ~」
「嗅いでみー」

「いややわ臭い、あんた、あほか」
「そういえば、来月、総裁選やけど安倍さんに決まりやな」
「そやけど、モリカケいつまでやるんやろ? あんたどう思う?」

「決まってるがな、『モリトモ3年 カケ8年』 言うやろ」

それでは、インド映画「クリッシュ」を紹介します。

クリッシュ

原題 : KRRISH 3
製作 : 2013年
製作国 : インド(ヒンディー語)



監督:ラーケーシュ・ローシャン/
脚本:ラーケーシュ・ローシャン/ 、 ロビン・バット/ 、 ハニー・イラニ/ 、 イルファン・カマル/原作:ラーケーシュ・ローシャン

出演:リティク・ローシャン(クリッシュ、クリシュナ)(父ロヒート)/ブリヤンカー・チョーブラー(妻ブリヤー)/カングナー・ラーナーウト(カメレオン女カヤ)/ヴィヴェーク・オベロイ(悪魔のような天才科学者カール)

(あらすじ)
冒頭、父ローヒトの過去、そして息子クリシュナの誕生についてナレーションが流れる。
舞台はインド、ムンバイ。
クリシュナは妻プリヤー、そして父ローヒトと共に幸せに暮らしていました。

妻プリヤーはジャーナリスト、父ローヒトは政府の研究所に勤務、
だけど、クリシュナは事件の度にスーパーヒーロークリッシュに変身し姿を消すので、
勤め先はいつもクビになり、職を転々としていました。

ある日、父ローヒトは太陽エネルギーから生命の源を発生させる装置を発明しました。
クリシュナとブリヤーの前で実験するのですが、エネルギーのコントロールが出来ずに
失敗に終わりました。
そこで頭脳の持ったフィルターの必要性を知るのです。

場面が変わり、下半身が麻痺し動かせるのはたった二本の指だけ、
だが念力で何でも動かせる天才科学者カールのアジト。
そこでは、人間と動物が合体したミュータントが造られていたのです。
長い舌を持った男や、誰にでも姿を変えられる女など。
カールがミュータントを造る本当の理由は、自分の体の秘密を知り、
五体満足の体に戻す。そして人類の征服だったのです。

製薬会社を持っているカールは、彼の染色体で造った人口ウイルスを南アフリカで
撒き散らしパニックに陥れました。
同時に造ったワクチンで大儲けをする為だったのです。

今度は、その恐ろしいウィルスがインドに持ち込まれた。
ムンバイの街に不気味な人間が出没し始めます。

ローヒトは南アフリカ疫病研究所からワクチンの開発を依頼されます。
ローヒトは、送られてきたワクチンの分析で恐ろしい事実を知ることとなります。
そのワクチンが人工的に造られた物、そしてその染色体が、自分やクリシュナと
同じものだということを・・・。

誰にでも変身できるカメレオン女カヤはプリヤーを拉致しカールの元に送り、
自分がプリヤーになりすまします。
さらに、シンガポールへの調査で、真実を知ったローヒトもカールに捕らえられて
しまいました・・・。

本作は、続編3作目です。
続編なので、冒頭で主人公クリシュナと父ローヒトの出生と過去が語られますが、
本作だけ観ても全然問題ありません。最高に面白いです。

ボリウッドのSF映画といえば、シャンカール監督、ラジニカーント主演の、
2010年「ロボット」が強烈な印象で残っていますが、
本作はまったくそれに引けを取っていません。

ストーリーが、何処と無く「未知との遭遇」「スーパーマン」「X-MEN」などと
オーバーラップしますが、内容的には、正真正銘のオリジナル作品です。

特に、FSX、VFXの最先端技術を駆使した迫力あるシーンは圧巻です。

惚れ惚れする男前リティク・ローシャン、愛らしいブリヤンカー・チョーブラーも
魅力的ですが、悪魔の天才科学者役ヴィヴェーク・オベロイと、
カメレオン女カヤ役カングナー・ラーナーウトの存在感ある演技は、必見です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回は、「スラムドッグ$リオネア」を、紹介します。